いくつかの人格
私の人格は3つある。
といっても、多重人格とかではない。3つの人格を使い分けているだけ。
例えば、趣味にはまっているときと、いつもの人格って違うでしょ。だから趣味のときの友達と、普段過ごす友達とでは人格が違う。
もちろん、仕事のときは違うスイッチが入るから、人格も違う。
だから人格が3つ。
いつもはSNSでつながっているし、仕事もリモートばかりだから、だいたいネットでしか活動していない。誰とコンタクトするかで人格が異なる。
けどそれって、自分だけでないよね。みんなそうだ。
それぞれの人格にあわせ、キャラの外見も変わる。自分の好みの外見は簡単につくれる。SNSでも仕事でも、例えばリモートでの会議でも、好みの外見で参加する。他の人たちもそれぞれ個性的で楽しい。
さて、今日は用事があって出かけているところ。部屋を出て、電車に乗っている。
隣にはキツネが座っている。向こうにはペンギンが立っている。その横には何かムクムクしたいきもの。
誰もが外出するときもそれぞれのキャラのきぐるみを着ている。ちなみに自分はペンギン。
きぐるみを着ていると、守られている安心感がある。昔の人は素顔を出して外出していたなんで信じられない。
人格ごとにキャラがあるから、自分の部屋にはもう2つきぐるみがある。他の人より少ないほうかな。今の生活も飽きてきたとこがあるし、新しい人格をつくろうか考えている。
植物に囲まれて
今日も朝が来た。朝食の野菜を収穫するため外に出る。ドアを開け歩いて3分。形は良くないが、新鮮なトマトとキュウリをもぐ。
野菜が生えているのは近所のおじさんの空き地。自分だけで手入れはできないということで、近所の人たちで手入れをし、その人たちは自由に持っていけることにしている。
夏の盛りが近づいている。暑いことは暑いが、緑が多く日影もあるので少しは暑さを和らげてているような気がする。元気よく草木があちこちで茂っている。少しでも土があるところは見逃さないという勢いで、植物が生えている。
地球温暖化問題への危機感が高まる一方、二酸化炭素削減が一向に進まない状況が続いていた。思い切った手段を取る必要が迫られ、原則許可なく植物を伐採すると罰せられることになった。無許可で伐採が認められるのは、食用にする場合に限られた。
一時は雑草が生えまくり、街が荒れているように見えるようになった。雑草でも伐採は禁じられている。放っておくと木が生えることも知った。空き地は小さな雑木林になりつつあった。
生えた植物の手入れができるのは唯一食べるときだけであったので、見栄えのこともあり、土があると畑にするところが増えた。所有者だけでは手が回らず、近くの人たちが共同で管理するようになった。
自分もアパート住まいだが、おかげで新鮮な野菜を手に入れられるようになった。田舎に住んでいるわけでない。住宅密集地でも少しは空き地はある。一人で食べられる量はたかが知れているので、収穫の時期は誰でも大抵野菜に困らない。
共同で野菜の世話をしているので、近所の人たちとも親しくなった。周りが顔見知りばかりになり、治安も良くなったような気がする。
アパートに戻る。アパートの壁には蔦が広がってきている。植物の力は偉大だ。
最近ふと不安を感じるときがある。蔦が窓を塞いだらどうしよう。伐採できないから窓を開けられなくなってしまう。
窓ぐらいならまだいいのかもしれない。どんどん成長していくとどうなるのか。
考えたくないことは置いておこう。まずはキュウリとトマトだ。やはり新鮮な野菜は美味い。
健康のために
健康管理アプリが新しくなり、スマートウォッチのデータから、自分の寿命が計算できるようになった。
もちろん100%正確ではないとの断りがついているが、健康診断データを入力し、毎日の血圧、体温、脈拍、睡眠時間や運動量のデータを蓄積していくことで、予測寿命が表示されるようになった。そして予測寿命は、日々更新されていく。
おかげで健康に対する意識が高まった。適度な運動、適切な睡眠時間を意識するようになった。少しずつだが、予測寿命は伸びていくことが励みにもなった。
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運動の効果だろうか。体型も少し変わったような気がする。脂肪が減ったようだ。予測寿命も若干だが長くなった。
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運動が習慣化し、生活のリズムが整ってしばらく経つ。予測寿命がなかなか伸びなくなった。頭打ちなのだろうか。しかしもっと伸ばしたいと欲は出る。他に何をすればいいのだろうか。
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最近、仕事が忙しく残業が続いている。食事も不規則だし、睡眠時間も減っている。予測寿命がやや短くなった。
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相変わらず忙しい。運動も途切れがちになっている。予測寿命は短くなり続けている。そこまで大幅に短くなった訳でないが、少しでも早死にすると思うと恐怖でしかない。
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上司とケンカした。寿命が短くなるから残業はしないと言った。最初は上司も会社の都合だからと穏やかに説得してきたが、会社は従業員の命を削る気なのかと言ったらケンカになった。社員は会社に命を捧げる必要は無い。断じて無い。そんなことがあってはいけない。
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アプリの数字を見せ、仕事が忙しくなってからどれだけ寿命が短くなったか上司に見せた。上司はどこまで信用できるのかと言ったが、顔が引きつっていた。同僚も落ち着かない様子だった。
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上司が何と言おうと、残業はせず、定時に帰ることにした。おかげで予測寿命は減少から横ばいになった。
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運動と規則正しい生活に戻したら、予測寿命もまた伸びてきた。仕事は滞っているが気にしない。自分の健康が最優先だ。
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どうも上司も同僚も健康管理アプリを使い始めたようだ。残業を断る同僚が増えてきた。上司も残業を命じなくなり、早く帰るようになった。
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職場の雰囲気が明るい。みんな定時に帰り、運動し、十分な睡眠を取っているから精神も安定しているのだろう。
うちの職場だけでない。会社全体がそうだし、他の会社も同様のようだ。明らかに仕事量は減っている、というか皆で減らした。日本全体、前より働かなくなった。けれども不都合は生じていない。
困っている表情をしている人も少しいる。管理職の一部だ。居心地が良くないらしい。必要な仕事だけに絞り込んだら、全く仕事が無くなってしまったのだから。
ストーリーの行方
小説家になりたくて、数年間投稿を繰り返してきた。
今年から、投稿にあたり、ジェンダー平等への配慮がなされているかの審査が義務付けられるようになった。
そして僕の小説は投稿が認められなくなった。ジェンダーへの配慮が不十分との理由で、投稿まで進むことができないのだ。
確かに同じパターンのストーリーばかり書いていたのかもしれない。目立たない男性が、好きになった女性と付き合うため、ひたすら努力するという話ばかりを、バリエーションを変えながら書いていた。
このようなストーリーは、男性中心的な考えに根付いている。男性は努力すれば女性を獲得できるという考えに根付いており、女性の意思は軽んじられ、女性を「モノ」扱いしている。また、女性は押し並べて美しく、美醜により女性の価値が決まるという考え方が根底にある。といった評価が下されている。
かくして僕は行き詰まっている。ストーリーが浮かばないのだ。
何かアイデアに繋がるものはないかと思い、新しく始まるドラマを見ることにした。当然ドラマもジェンダー平等に配慮しなければならない。このため新しい試みがされたという。脚本を書いた後、配役はくじ引きで決めたそうだ。性別、年齢、容姿や体型にばらつきが無いよう役者を選んだうえで、その全ての役者がくじを引くのだ。もちろん主役も例外でない。
配役はまだ発表されていない。実際に見るまでわからないようになっている。
ラブストーリーだということは分かっている。当然ながら、男女の恋になるかはまだわからない。
さて、どのような話となるのだろう。
大きな政府と小さな政府
税金の選択が可能となった。
政府の中で大激論があったのだ。負担が大きくても良いから安心できる行政サービスを求める、いわゆる大きな政府を目指す意見と、行政サービスは最低限で負担も減らすべき、いわゆる小さな政府を目指すべきという意見が対立し、どちらにするかまとまらなくなったことから、選択性が導入されたのだ。
国民は所得税や消費税の税率を選ぶことになった。
税金を安くすると福祉サービスも最低限だし、災害にあっても生命の確保はしてもらえるが生活再建は面倒を見てもらえない。犯罪にあったら保護してもらったり犯人逮捕はしてもらえるが、事前の対応はよっぽどのことがないとしてもらない。
一方、税金を多く納めると、福祉サービスはもちろん、災害時の避難所も快適な場所が提供され、犯罪の予防にも積極的に応じてもらえる。
政府は、一定所得以上の人たちは高い税率を選択すると予想していたようだ。政府の財政赤字が膨大であるため、その解決策となることを期待していたようだ。
ところが結果は、高所得者も含め、大半の国民が低い税率を選択した。
所得が低い人は、生活に余裕が無いため、高い税率を選択することなどできなかった。
所得が高い人は、政府を信用していなかった。快適なサービスを受けたいなら、民間サービスのほうが質の良いサービスを提供すると考えており、事実そうした。
政府の収入は減り、行政サービスを減らさなければならなくなった。国は小さな政府に舵を切るしかなかった。
それから数年が経つ。国民生活の質が落ちることは無かった。
民間サービスは充実し、経済にも好影響を与えた。そして何より、行政サービスに無駄が多かったことが明らかになっただけであった。
生命の優先度
生命の優先順位の点数化が試験的に始まった。
パンデミックや災害のため、医師が全ての重症患者を平等に扱うことができない場面が増えている。このとき、どちらの生命を優先するか、医師には厳しい判断が求められていた。
どちらがより重症か、どちらが助かる見込みが高いのかが判断基準とされていたが、様々な災害が増えるに従い、それだけで判断できないことも増えてきた。同じような症状で、どちらの生命を優先するか判断を求められるケースも増えてきており、このようなときに医師に判断を任せるのは酷だという意見も多くなってきた。
このため、いざという事態で迷わず済むよう、病状が同様の場合、どちらの生命を優先するかをあらかじめ点数化するという実証実験が始まったのだ。
何を優先するかは様々な議論があった。今回の実証実験では、高い技術・技能を持つ人物、新規性の高い研究成果を生み出す可能性が高い人物が高い点数となっているようだ。
人間国宝のように高い技術・技能を持ち、かつその技術・技能を受け継ぐ人物がまだ育成されていないような人。世界に大きな影響を与えるような、将来ノーベル賞を受賞するような研究開発に取り組み、成果を挙げられそうな人。このような、失われると大きな痛手となるような人物の点数が最高得点となっている。
生命の優先順位をつけるものであるため、非常にシビアなところもあり、いくら過去の実績が偉大でも、それだけでは評価されていないようであった。過去は過去。現時点、そして将来において、失うと痛手が大きいかどうかが評点のポイントとなっているようだ。
ちなみに、政治家の点数は極めて低かった。理由は、代わりになる人はいくらでもいるし、代わりになりたがっている人もいくらでもいるからという理由のようだ。
基本的人権の除外
憲法が改正された。
改正前の条文は次のとおり。
「全ての国民の基本的人権を保障する」
改正後は次のとおり。
「王族を除く、全ての国民の基本的人権を保障する」
改正の原因は、王族が減っていき、このままでは絶滅する可能性が出てきたことだ。
一時は王族を絶滅危惧種に指定しようとの動きもあったが、血統の存続の決定打とはならないとの理由から見送られた。
王族が減ったのは、王族たるもの、配偶者はそれに見合う者であるべきとの圧力が一つの原因であった。このため、王族の結婚は慎重に慎重を重ねることになり、ある程度の年齢でしか結婚ができず、必然的に生まれてくる子供が減ってきた。
また、様々な理由により王族を離れる方が増えたことも原因であった。どうしても好きな相手と結婚したい、好きな仕事をしたい、もう人前には出たくないなどの理由で王族を離れていった。
王族に対する国民の目は厳しい。税金で生活しているのだからと、かなり厳しい意見が国民から出るときもあった。
王族を離れた方の一人は、記者会見で怒りをぶちまけたこともあった。
「税金で生きているくせにという声は聞こえている。けれども国民の多くも、税金で守られているではないか。警察も軍隊も税金で賄われている。国民が安心して暮らすことができるのは税金のおかげだ。毎日歩いている道路も税金で作られ維持されている。その他の社会インフラもそうだ。まるで王族だけが税金の恩恵を受けているように言うが、我々を批判する人々も同類ではないか。」
そんなこんなで王族は減っていった。そして血統の維持のため、残された王族は基本的人権を失うこととなった。血統の維持が目的だから、本人の意思に関係なく、子供をつくることを強制しても問題ない。
当然ながら、子供は一人でつくることはできない。このため、憲法には次の条文も追加された。
「王族の配偶者となることを指名された者は、その時点で基本的人権を失う」